迷宮の行き止まりには宝箱がある

雑記です。創作小説はpixivに置いています。

「わたしを離さないで」(著:カズオ・イシグロ、訳:土屋政雄)感想

 遅ればせながら、カズオ・イシグロさんの「わたしを離さないで」を読みました。とても良かったです。
 実は、少し前までは私、この本のジャンルについて勘違いをしていました。タイトルの印象で、「恋愛要素が強めの文学作品かな?」と思いこんでしまっていたのです。(そう思っている人は他にもいそうな気がしますけど、どうでしょうか。私だけかしら。)

 そして、これ以上をお話しする前に、ですね。

 もしも、今この文章を読んでくださっている方の中に、「あっ、その本、これから自分も読もうと思ってるところだよ!」という方がいらっしゃったら、まっさらな状態で作品を読んだほうが楽しいかもしれませんから、この記事の、ここから先は読まないという選択もありだと思います。いえ、いつも通り、さほど致命的なネタバレは書かないつもりですけれど。

 Amazonリンクの後、ご紹介・感想に入りますので、各自のご判断に従って、遠慮なくここで切り上げてください。はい、ここです。


 あらためまして、本のご紹介と感想をいたします。

1 ジャンルについて

 さて、ジャンルの話に戻して、と。

 実のところ、この小説には、少しSF要素があったり、少しミステリ要素もあったりします。逆に恋愛要素については、(それも一つのテーマではありますが)別に恋愛がメインというわけではありません。
 1個だけしかジャンルが選べないなら「文学」だろうな、と思いつつ、そんなわけですから、ふだんミステリやSFを愛読しているエンタメ志向の読者でも、するすると読めますし、面白いです。

 恋愛メインの文学だと勘違いしていた私は、少し前にどこかで、この「少しSF要素もある」というのを耳にしたため、「えっ、そうなの? じゃあ、私も読む!」と、手に取って読むことができました。読めてよかった。
 「恋愛小説は苦手だから」と敬遠している方が私以外にもいらしたら(いないかも?)、たぶん、この小説なら大丈夫だと思いますので、お試しあれ。

2 文章について

 読みながら、文章の美しさに感じ入ることが何度かありました。翻訳ですから、「訳文がとてもきれい」ということになります。滑らかで、品があり、わかりやすく、つい先へ先へと読み進めてしまいます。読者にページをめくらせるのは物語の力でもありますが、文章の力でもあるのだなあ、と思いました。
 だって、このお話、メインストーリーは割とシンプルなんですよ。SFやミステリを読み慣れている人なら、序盤でおおよそを推測できる人が多いだろうと思います。でも、大筋の見当がついても、読むのを止められなくて。

 訳として唯一、違和感があったのは、重要な人物(男性)の話し言葉のことでした。年齢的に私のイメージと違っていて……、でも、原文がそういう雰囲気だから、そういうふうに訳したのかもしれず、その人物のセリフだけ、原文と照らし合わせてみたくなりました。いずれ、機会があったらトライしてみたいです。

3 全体の雰囲気と読後感について

 本当に、最初から最後まで、とても丁寧で読みやすく、読後には深く静かな余韻が残る本でした。全然違うお話なのですが小川洋子さんの「ことり」を読んだときのことを思い出しました。何も足す必要がなく、何も引く必要がなく、適量で、適切に、書かれたお話だと感じました。

 それから、物語全体に漂うミステリアスなムードが、また魅力的でした。これも全然違うお話ですが深緑野分さんの「オーブランの少女」を思い出しました。「オーブランの少女」はもう少し色彩豊かな文章で構築されたお話ですけれど、「日々の暮らしの裏側に、何か恐ろしい秘密が隠れていると感じられる不穏さ」が共通するのだな、と思います。

 

* * *

 

 このくらいでしょうか。私と同じように、「今まで興味なかったけど、そういうことなら読んでみようかな」と思ってくださる方がいらしたらいいな、なんて思います。

 「ことり」と「オーブランの少女」のリンクも貼っておきます。このふたつの物語が両方ともお好きでしたら、未読でしたら「わたしを離さないで」も、ぜひどうぞ。